片岡「ひろし海と展望」
新木津川を流そう。私の町議会での質問・答弁より(付録)[追想風]新市名所スポット案内--加茂編
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作成日時 : 2007/02/26 17:02
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[教育問題編] 平成15年6月議会にて
(質問)いずみ保育所が、建てられて30年経ちますが、今現在雨漏りしてかなり老朽化しているのが現状です。子供たちの安全・安心の為に改築をどのようにお考えですか。
(町長)建築後30年が経過する施設でもありますので、財政面、建設場所、施設規模および効率的運営等々諸課題をふまえプロジェクトチームを設置検討していく必要があると考えています。
平成16年3月議会にて
(質問)大阪池田小学校、宇治小学校全国各地で事件が起きています。加茂町では安心して学校生活が送れますか。校舎に死角はありませんか。安全対策の訓練等をやっていますか。
(町長)2月25日木津署と学校と行政と子供たちで訓練と指導を行ないました。
平成16年12月議会にて
(質問)いずみ保育所改築に、設計入札されましたが業者の選定に問題はなかったのですか。
(住民福祉部長)業者選定には、会社の実績等調査をして問題はありません。
(質問)南加茂台保育所の送迎は危険で、住民に迷惑が発生しています。安全な乗り降りの場所は考えられませんか。
(住民福祉部長)送迎問題については施設の一部や公園など駐車場確保に努力しています。
(質問)統廃合問題では、恭仁保育所保護者会に理解をしていただいたのでしょうか。
(住民福祉部長)今後話し合いをして理解をしていただきます。
平成18年12月議会にて
(質問)全国から報道される「いじめ問題」について教育委員会、学校は重大性を認識していますか。又その防止策の取り組みを説明してください。
(教育長)いじめの兆候のいち早い把握に努め、児童・生徒を守り、いじめのない学校つくりを徹底します。
教育・学校の問題は「今子供が学校に行っているから切実」ではなく、今赤ちゃんの子もすぐ行くであろうし、孫ができてその子も行くことになります。だから「学校」がどうなってほしいかは市民(赤ちゃんからご老人まで)皆さんの切実な問題であると思います。しかしながら大多数の方々の期待にもかかわらず状況は危機的状況に近い水準にあるのではないでしょうか。内閣も取り上げ、審議会や再生会議等も設置して改革と再生を提起しています。しかし私の友達が言うのでは、今日の危機的状況をまねいた諸制度や方向を,立案・指導した人が改革・再生を述べたとしても、状況を打開できる期待よりもむしろ又同じことの繰り返しになるのではと危惧しています。では誰がこの状況を切り拓くことができるのでしょうか。それは、今それぞれの学校にいる「先生方」しかいないのではないでしょうか。何故かと言うと、子供のことを一番よく知っているのは「先生」であるし、子供は学校によって違うのです。そして子供を伸ばし、教育できるのは制度や法律や校舎ではなく、「先生」なのです。学校にはいろいろな課題や問題があります。それらをどのような順番で、かつどのような方法で克服するかがわかるのは、自分の学校の生徒を知っている「先生方」にしかわからないことです。学校を良くするのには数年の持続した同方向の努力と、病院風に言えば外科や整形の治療でなく内科又は心療内科的な取り組みが必要とされます。このようなことから、市民として教育問題にどのように協力すればいいのかと言えば、「学校の先生方を全面的にバックアップする」ことだと思います。一方 「先生方」は本来の「先生スピリット」をもち、(子供の幸せ=学校を良くする)につながらないことと「戦う」ことだと思います。このブログの1ページ目に書いた「人の道に義より大切なものは愛のみ」。これは「先生」にも言えると思います。「人」をTに、「義」を「先生スピリット・・・生徒のためなら何でもする」に置き換えればよい。
これは浄瑠璃寺三重の塔
(加茂町当尾西小)
確か和辻哲郎又は土門拳の「古事巡礼」に出てきます。
access--加茂駅から浄瑠璃寺行き奈良交通あり
[浄瑠璃寺の私の幼き時の思い出]
小学校のときか中学校かは忘れたましたが、ここへは晩秋に写生大会で来たことがあります。写生大会と言っても我々の学年には「写生がしたい」「絵が描きたい」という人は誰一人といなかったように思います。ともあれ当日朝 肩から画板をかけて、弁当を持って出発。目的はただ一つ。早く絵を描いて先生に見せ「はい よろしい」と言ってもらってその後遊ぶこと。その日もいつものように時は流れていた。同じところに座って描いていたのは最初の一時間だけ。そのうち絵の具の水を汲みにくる人、人の絵を見にまわる人、トイレに行く人など境内は通行人だらけの様子になっていた。弁当の時間が過ぎたころ ある人がとんでもない遊びをやりはじめました。当時前庭の池にはたくさんの鯉がいたのですが、彼は淵で伏臥前進の格好をし、手を伸ばし弁当のご飯を水面に置いて、鯉が食べに来たところを捕まえてそれを高く持ち上げだしたのです。両手で持ち上げられた鯉は勢いよく左右に反り返り、うろこは銀色に輝いていました。そうこうするうち四・五人の人が同じ事をし、みんなは淵に集まり、絵を描いている人はだれもいなくなりました。鯉が高く持ち上げられるごとに拍手喝采。もう境内は完全に演芸場になっていました。そのうち一人の人が前に出すぎて池にはまってしまいました。私たちにとっての浄瑠璃寺での写生大会はそれが最後となりました。数日後 学校では写生大会の展覧会がありました。一余 金賞・銀賞・銅賞はついてはいましたが、先生は考えられたと思います。ちなみに池に落ちた人の絵は、今でも覚えていますが、寺に写生に行ったにもかかわらず、山一つが描かれていました。
では最後に二句。「ちぐはぐな 画板と短パン 帰り道」 「鯉昇り これは新市の ロゴマーク」
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